YURIE ブログ 子育て

小さな一歩

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今日の子どもの出来事を

アドラー心理学で読んだことを参考にして

考えてみました。

 

 

公園で長男とお友達と喧嘩

喧嘩はいつものことだけど

今日も手が出てしまう・・・・

 

 

今日は同じ子に2回手を出してしまっていた。

アドラー心理学の本を読んでから

こう言ったことも

客観的に捉えられるようになったけど

やっぱり「優越性」を狙った行動だと実感。

 

 

自分は彼より強いんだ!

自分の言っていることを押し通したい!

自分は悪くない!

という主張を通すための手段なのだと感じる。

 

1回目は見ていた。

 

長男がどうするのか見守りつつ

お友達からの言い分も聞く。

 

長男がかけた言葉は違う子に対しての言葉で

打たれてしまったお友達は

自分が言われらと勘違いして長男怒っていた。

 

そうやって怒られたことに

腹が立つと同時に

自分の思うようにいかないことにも

腹を立てていた長男はお友達を殴ってしまう。

 

 

 

そして

長男は「ぶってごめんね」をした。

 

そして

自分が言ったことは

他のお友達に言ったことでぶった子に言ったことではない。

と伝えていた。

 

 

そこで私も伝える。

人が嫌がる言葉や傷つく言葉は

誰が聞いても嫌だなと感じる言葉なんだよ。と。

 

 

それからまたすこしして

お友達から打たれた・・・というご報告もあり。

レンガで腕をぶったと・・・・

そのお友達は

打たれることが本日2回目となる。

 

 

泣いている。

 

なぜそうなったのか経緯を聞く。

 

「落ちたら死ぬ!」

という嘘っこで遊んでいたらしい。

 

 

 

そして

長男が落ちたので

「落ちたから死んだ」と言ったそうだ。

 

 

きっとこれも

長男は落ちたことで悔しかった。

 

 

そこに

「落ちたから死んだよ!」と

言われて悔しくてぶってしまったのだろう・・・・

うんうん。わかる。確かに言葉のチョイスは

きつめだ。

 

でも殴ることはない・・・・

ともちろん私は思っている。

 

 

そして長男の口からは

「ぶってもいい!」とか

「遊んでやらない!」

とか汚い言葉を

どんどん言っているけど

 

 

一番

やっちゃった。

泣かせちゃった。

ぶっちゃった。

と思っているのは

長男なはずだ。

 

 

ここでも長男の気持ちに任せてみる

 

どうするのか?

どんな気持ちなのか?

それが本当に楽しいのか?

お友達と過ごす。

遊ぶってそういうことなのか。

 

帰る直前まで

お友達の言葉に耳を傾けようとしない長男。

 

 

どうしようかな。

本当に相手だけが悪いのか。

自分もやってしまったことを

謝らなくちゃな・・・

でもどう言ったら良いのだろうか。

 

グルグルと必死に考えていたのだと思う。

 

長男の考えているであろう様子を

私はひたすら見守っていた。

 

 

いよいよ帰るとき。

 

 

長男に伝えた

「本当に帰って良い?このままで夜寝れる?

言い残したことがあるなら母さん待ってるよ!」

 

そしたら

長男は黙ってお友達のところに言って

「ごめんね」

したみたい。

 

 

走って戻ってくる

長男の顔は

めちゃくちゃ良い顔をしていて

お友達ともニコニコバイバイ

することができた。

 

 

私は

「よかったね!大好きだよ♪」

と伝えた。

 

 

 

 

今回たった60分の

公園タイムだったけど

長男にたいして感じたことがあった。

 

 

 

それは

基本的に

お友達との間にある信用、信頼度が低い。

ということ。

 

 

一応こどもの世界でも

この人なら痛いことはしない!とか

この人とだと楽しく遊べる!とか

そう言った感覚はあると思う。

 

 

 

そこに関して長男の信頼度は

低めだと思う。

 

 

動きもガサツ・・・というか勢いが強い

力が強い

声もでかい

 

 

こう言ったことで

威圧的に見えることがある。

 

 

大人しめの子が

1人をちょっとぶったくらいでは

気が付かないようなことも、

 

 

 

長男が行う

ちょっとぶつ・・・は

大怪我並みに

お友達も泣くし

周りも騒ぐ。

 

 

 

それは

ある意味

普段からの信用の積み重ねが不十分だから。

 

 

 

近づいてくるだけで

怖い・・・・みたいな

圧力を与えてしまうことがあると

実感。

 

 

 

もちろん常に優しく接している

お友達もいる!!

 

小さい子にも

優しく教えてあげたり

手助けしているところを

何度も聞いたり

見たりしているから。

 

 

優しくできる

強くて弱いものを守れる力がある

 

 

そう言った部分は

なかなか目立たない。

 

 

 

 

そりゃそうなんです。

目立とうと思って

やることではないから。

 

 

 

 

 

きっと純粋に

助けてあげたくて

何かやれることはないかな?って

探してやっていることだから

目立たなくて良いんです!!!!

 

 

 

 

でも

悪いこと?

打ったり

引っ掻いたり

落ち着かない

これには目的がある。

 

 

 

 

こう言ったことを積み重ねていると

普通の子の10倍悪く目立つ物。

 

 

 

 

やっぱりやった。

いつもそうだ。

こうやって痛いことばっかりやる。

 

 

楽しい時間の記憶が薄れ

痛いことをされた記憶

嫌なことを言われた記憶が

お友達に残っていく

 

 

 

それは

親としては悲しいが

 

 

彼がこの3年間幼稚園で

そういう生活を送ってきて

 

 

先生からもみんなの前でたくさん怒られ

その結果得られる

「目的」

・・・・・

 

悪い自分でも良いんだ!

「自分の存在を知ってもらえたらそれで良い」

 

 

っていうことだったのではないか?

 

 

 

自分はここにいる!

みんなに見て欲しい!

みんなに気づいて欲しい!

 

 

その結果

「凶暴」な部分が増えていったのかもしれない。

 

 

 

大事なことは

子どもが自分で考えて行動していくこと。

 

自分で考えて選択していくことだと

私は思ってる。

 

 

 

長男に私から出した最後の「問い」

「本当に帰って良い?このままで夜寝れる?

言い残したことがあるなら母さん待ってるよ!」

 

 

 

彼は自分で答えを出し、行動し

本当はしたかった「仲直り」ができた。

 

 

今回の彼の選択を彼らしく生きていくための

小さな一歩だ!と感じている。

 

 

子育ていろいろあるけど

選択するのは子ども。

 

 

馬を水辺に連れていくことはできるけど水を飲ませることはできない。

 

飲むか飲まないかは馬が決めることだら。

 

 

親は学ぶ場所は提供できるけど

そこで何を学ぶかは子ども次第。

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